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福島県立医科大学医学部
災害こころの医学講座
主任教授
前田 正治
1984年、久留米大学医学部卒業。同大准教授を経て、2013年より現職。放射線医学県民健康管理センター 健康調査・県民支援部門長やふくしま心のケアセンター 副所長も兼任。 専攻は災害精神医学、精神医学的リハビリテーション。ガルーダ航空機墜落事故(1996年)、えひめ丸米原潜沈没事故(2001年)等で被災者の精神保健調査・支援の責任者を務めた。日本トラウマティック・ストレス学会の会長も2010年から3年間務めた。 現在は福島県立医科大学で災害こころの医学講座を主宰しつつ、福島原発災害被災者の支援や調査研究に従事している。またコロナ・パンデミック以降は、国連常設機関IASCケアガイドラインの翻訳責任者、県内のクラスター発生病院等のメンタルヘルス支援責任者を務めている。 著書として、「心的トラウマの理解とケア」じほう出版、「生き残るということ」星和書店、「PTSDの伝え方:トラウマ臨床と心理教育」誠信書房、「福島原発事故がもたらしたもの」誠信書房、「遠隔支援スキルガイド」誠信書房、「コロナ禍における医療・介護従事者への心のケア:支援の現場から」誠信書房ほか
2020年1月以降、新型コロナウイルス感染症が蔓延し、医療現場ではその対応に追われてきました。最前線で感染患者に向き合う医療従事者は、自分が感染するのではないか、誰かに感染させるのではないかという不安を抱えながら、献身的に職務に就いていましたが、一方で偏見や差別に遭う事態も続きました。
こうした状況の中で、コロナ感染患者に向き合いつつ、日常診療を継続するために、医療従事者の「心のケア」が、課題となっています。そこで医療従事者のメンタルヘルスの実態・日常的に行うべき心のケアの方法を明らかにするために、医療従事者のメンタルヘルスをテーマに活動されている方々にお話を伺いました。
第1回目は碧南市民病院(愛知県)の看護師長であり院内で看護師の心のケアを実践している岡田照代氏に、第2回目は福島県立医科大学医学部で災害や感染症流行下での医療従事者のメンタルヘルスを長期的に支えてきた経験を持つ前田正治先生にお話を伺いました。
私はこれまで、自然災害時の被災者、事故発生時の被害者や家族、それぞれの支援者(医療従事者、消防、警察、行政の関係者など)の心のケア(メンタルヘルスケア)の経験を数多く積んできました。最初は、1996年の福岡空港でのガルーダ・インドネシア航空機事故の被害者のケアでした。その5年後の2001年2月に起きた、米国・ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」と米国の原子力潜水艦との衝突で、生徒4人、教員2人、船員3人が亡くなった事故では、救助された生徒たちが事故後、記憶が呼び覚まされたり、生き残ってしまったことへの罪責感情に悩まされました。私は、生徒の心のケアのために、2年以上にわたり毎月のように、宇和島市に通いました。
その後も様々な災害が起こるたびに、被災者や被害者、支援者に対する中長期にわたる心のケアを実践してきました。福島原発事故の被災者、避難者のケアについては、福島に腰を据えて長期にわたり取り組んでおり、2016年の熊本地震でも現地で多くの専門家への助言を行ってきました。
そうした経験から、新型コロナウイルスの感染蔓延は原発事故災害に似ていると強く感じました。たとえば、放射線もウイルスも目に見えませんし、この状況がいつまで続くのか先が見通せないことに加え、恐怖から偏見が生まれるなど強い社会の反応を引き起こすことです。そして直接の被災者、患者の苦悩はもちろんですが、支援者もダメージを非常に受けやすいことも共通しています。原発事故では消防や警察、医療従事者、行政関係者が不眠不休の対応に当たり、身も心も疲弊し、心のケアが不十分なまま、現場を離脱する人が少なくありませんでした。そして新型コロナでは、医療従事者や行政関係者の疲弊は今なお続いています。
一方で、災害と新型コロナの及ぼす影響で異なる点もあります。自然災害では、支援者のバーンアウト(燃え尽き症候群)や共感疲労(被災者の苦しい体験に影響を受け、心身共に疲れてしまうこと)がよくみられますが、コロナ禍で一番目立つのは職業モラルの傷つき(moral injury)です。医療従事者として職務を全うしたいのに、それが十分にできないことで、チームや患者さんに迷惑をかけてしまった、申し訳ないことをしてしまったと感じることです。
新型コロナウイルスの流行拡大に伴う医療従事者のメンタルケアについては、国際的な常設委員会である機関間常設委員会(IASC)が2020年1月にまとめた「新型コロナウイルス流行時のこころのケア」というマニュアルが作成され、私たちの講座ではIASCの許可を得てこのマニュアルを翻訳し、2020年3月に電子版として公開しました。
これを参考にしながら、私たちは2020年春から福島県内で軽症者が隔離されている施設スタッフや、クラスターが発生した医療機関・介護施設のスタッフに対して心のケアを行ってきました。そこでは、このマニュアルに記述されている通り、特に女性の看護師や介護士に職業モラルの傷つきが多く見られました。
コロナ感染者のケアに当たる医療従事者、特に最前線に立つ看護師は、最初は感染に対する強い不安感がありますが、個人防護具(PPE)を身に付け、トレーニングを繰り返すことで自信を持つようになります。ところが、PPEを装着して患者と文字通りソーシャルディスタンスを保つケアでは、患者はスタッフの顔がよく分からず、患者に寄り添うケアができなくなってしまいます。こうしたジレンマの中で、共感的な接し方を重視する看護師や介護士に、申し訳なさといった自責感を生んでしまうこともありました。
また、家族は患者に面会できないので、「今は会えません」というつらい制限を家族に説明しなければならず、これもスタッフ自身を傷つけます。さらに、患者が亡くなったときには、寄り添うことができなかったという無力感、遺体を丁寧に清拭し、化粧するなどのエンゼルケアもできないことにより、傷つきが深まってしまいました。
こうした状況がいつまで続くのか分からないままでは、バーンアウトするスタッフが出てくるのは当然です。もともと、医師や看護師、介護士など医療・介護従事者は過重労働といわれていますが、コロナ禍での看護師のバーンアウトは、身体的疲弊に加え、こうした職業モラルの傷つきが重なるためだと考えています。
孤立しがちなことも、医療従事者の心を痛めています。職業モラルの傷つきは平時でも経験することですが、そういうときは同僚と昼食や勤務後のコミュニケーションの中で愚痴をこぼしたり、慰めあったりすることで解消できていたのだと思います。しかし今は、夜の会食どころか、スタッフルームでの昼食すらも黙食で、互いにコミュニケーションが十分にとれない状況が続き、少しずつ孤立していきます。
さらに医療・介護従事者は、仕事上だけでなく私生活上で万一感染してしまい、職場に多大な迷惑をかけるのではないかという不安や懸念も一般の人よりもはるかに強くなります。特に、このような職場で働く多くの女性は、育児や家事にも責任感を持っていることが多く、家に帰ること自体もストレスとなってしまいます。
地域社会の反応も、医療・介護従事者にとってつらいものがあります。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会で公表された「偏見・差別の実態と取組等に関する調査結果」によると、医療従事者は敬意を払われているどころか、さまざまな偏見にさらされていることが分かりました。例えば、濃厚接触者ではないのに、看護や介護のスタッフの子どもが保育所や学童保育の受け入れを断られる、配偶者が職場から出勤停止を命じられる、子どもが学校でいじめにあう、美容院などの店舗から予約拒否される、タクシーの乗車拒否にあう、保育園の卒園式への出席を断られるなどです。
特にクラスターが発生したときには、病院名や施設名が知れ渡り、こうした事態はさらに広がってしまいます。嫌がらせを受けたり偏見にさらされたりしても、「クラスターを発生させてしまい、地域に申し訳ないことをした」と罪責感情を強めてしまう人は少なくありません。こうしたネガティブな社会的反応は、就労意欲や士気を著しく下げ、本人の職業モラルの傷つきは増し、現場のスタッフはますます疲弊するという悪循環に陥ってしまいます。またこのような周囲の無理解は、スタッフの離職や休職につながる可能性すらあります。どのように注意してもクラスターの可能性をゼロにすることはできない、そのようなリスクのある場でスタッフが働いていることを地域の住民にも知ってほしいと思います。
コロナと戦う医療従事者や介護スタッフに敬意を表して青いライトアップなどがよく行われますが、私は敬意(リスペクト)より、医療従事者を社会がきちんと受け入れること(アクセプト)が何より大切だと考えています。
こうした状況に置かれた医療・介護のスタッフのメンタルヘルスケアとしては、セルフケアとラインケア(組織の対応)がまず求められます。前述のIASCマニュアルも含めて多くのガイドラインが、まず適切な休養が必要であるとしており、中でも十分な睡眠時間を取ることがとても重要です。睡眠を削って仕事を続けるような状況は、感染予防のためにもなんとしても避けてほしいと思います。ただ実際には、クラスターが発生した場合などは、セルフケアでうまくストレスケアができないこともままあります。
ラインケアは、現状をみると機能しないことが多いと考えています。コロナ禍でコミュニケーションが取りづらい状況の中、ある看護師長は「現場の看護師が何を考えているのかさっぱりわからなくなってしまった」とこぼしていました。十分にコミュニケーションが取れずスタッフの気持ちが分からないままでは組織的な対応は難しく、管理者の介入がかえって人間関係を悪化させたり、上層部への怒りを噴出させたりします。クラスターが発生した施設では、ラインでコントロールできなくなり、組織の存亡の危機にさらされかねません。
そこで私たちのような外部の専門家チームによる支援が重要性を増してきます。ただ、医療機関では外部組織が介入することはほとんどなく、受援の恩恵とストレスが同じくらい大きくなってしまうため、支援側も医療機関側も微妙なバランスが求められます。
私たちが行ってきた支援の中心は、スタッフの苦悩を傾聴することと言えます。本来は現場に出向いて対面で話を聞き、カウンセリングが必要と判断した場合には適切な介入をするのですが、コロナ禍ではそれができないため、心理士によるビデオを用いた「遠隔支援」法を多用しました。当初は手探りでしたが、経験を積み重ねていくことでその有用性を実感しています。
スタッフから語られる内容は様々です。先に述べたような、目指すべき看護ができず申し訳なさが残ること、自分や家族に対する周囲の偏見があること、コロナ病棟担当となっても将来のキャリアが見通せないことなど、セルフケアやラインケアではなかなか解決できない不安や不満をスタッフが抱えていることがよく分かりました。そして「話を聞いてもらっただけで、気持ちが落ち着いた」という声も数多くいただきました。コロナ禍においては、耐え忍ぶだけでなく、語ることがきわめて重要であることを痛感しました。
このような支援の期間は数週間続きますが、支援を終了するに当たり、さらにカウンセリングの継続が必要と判断した場合は、専門のカウンセラーを紹介したこともありました。
オミクロン株が流行している現状では、今後も医療機関では感染者の受け入れは続きますが、現場スタッフへのメンタルヘルスケアの支援は不足しています。コロナ禍においては、遠隔支援も含めカウンセリング、すなわち専門職による傾聴と対話は非常に有用ですので、IASCのマニュアル等を活用し、ぜひ実践してほしいと思います。