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碧南市民病院
看護師長
岡田 照代
1987年碧南市民病院入職。その後管理主任、副看護師長を経て2010年4月より現職。2015年4月には愛知みずほ大学大学院人間科学研究科に入学し心理学等の専門教育を受け、2018年3月に修士課程を修了。産業カウンセラーや公認心理師の資格も持つ。
2020年1月以降、新型コロナウイルス感染症が蔓延し、医療現場ではその対応に追われてきました。最前線で感染患者に向き合う医療従事者は、自分が感染するのではないか、誰かに感染させるのではないかという不安を抱えながら、献身的に職務に就いていましたが、一方で偏見や差別に遭う事態も続きました。
こうした状況の中で、コロナ感染患者に向き合いつつ、日常診療を継続するために、医療従事者の「心のケア」が、課題となっています。そこで医療従事者のメンタルヘルスの実態・日常的に行うべき心のケアの方法を明らかにするために、医療従事者のメンタルヘルスをテーマに活動されている方々にお話を伺いました。
第1回目は碧南市民病院(愛知県)の看護師長であり院内で看護師の心のケアを実践している岡田照代氏に院内保健室設置の経緯を中心に日常的に行うべき心のケアの方法について、第2回目は福島県立医科大学医学部で災害や感染症流行下での医療従事者のメンタルヘルスを長期的に支えてきた経験を持つ前田正治先生にコロナ禍における医療従事者のメンタルヘルスの実態やケアの方法について、とこれから2回続けてご紹介していきます。
碧南市は、愛知県の三河地方、知多半島の近くに位置する市で、碧南市民病院は地域の中核病院として、特に救急医療、高度医療、リハビリテーション医療に力を入れています。病床数は319床です。感染症指定医療機関ではありませんが、2020年8月から新型コロナウイルスの感染患者の受け入れを始め、2021年9月までに168人の患者さんが入院しました。また、9月からは抗体カクテル療法も行っています。
実は、2020年4月に当院で新型コロナウイルスの院内感染が発生し、診療が制限されるという事態になりました。市民の受け止め方はさまざまで、院内発生したことに対して、自分が通院する病院に感染患者がいることに不安を覚える方もいれば、市民病院にエールを下さる方もいました。これを機に感染制御を最優先するという新しい業務の進め方を策定し、地域の感染症指定医療機関の協力病院として、新型コロナウイルスの感染患者を受け入れていきました。
感染患者の受け入れに当たり、感染管理認定看護師(ICN)と感染制御チーム(ICT)が中心となり病院全体でいろいろな対策を立てました。外来患者さんの入口は正面玄関の1カ所とする、入院患者さんの面会は禁止とするなど、外部からの人の流れを制限しました。発熱者を受け入れる発熱外来を病院の外に設置し、検査などもそこで行うことにしました。入院病床4床を届出(現在は6床)、としました。
看護師ら人の配置も難しい課題でした。現在は、各病棟から2人~3人ずつ2カ月間、感染患者の対応に従事してもらい、1カ月ごとに半数が入れ替わるようなローテーションを組んでいます。当初は、そのローテーションに入る看護師に個人防護具(PPE)の装着の再教育を行うなどの準備もしました。
ただ、感染患者の受け入れを始めたのが8月で、発熱外来は駐車場に設置したテントだったため、PPEフル装備の看護師らは、暑さに耐え、雨風にさらされながら、自身の感染防護も行うという過酷な状況での仕事となりました。現在は、病院の公用車などが入るガレージが発熱外来となり、雨はしのげますが、夏の暑さ、冬の寒さなど環境はあまりよくありません。
看護師や医師など職員が辛かったのは、未知のウイルスによる感染の不安だけでなく、感染患者が発生した病院の職員というだけで、子どもが保育園や学校での偏見や差別に遭い、その責めをも自分たちが負ったことでした。行きつけの美容室で予約をやんわりと断られた人もいます。今でこそ、新型コロナウイルスに対する理解が進み、そうしたあからさまな偏見は減ってきてはいますが、精神的な負担は負い続けています。
コロナ禍の前から、多くの医療機関と同様に、当院でも看護師の業務は多忙を極めており、メンタルヘルスの不調による休職者や退職者はいましたが、コロナ感染患者の受け入れによって、そうした状況に拍車がかかりました。私自身も苦しい思いをしてきましたし、仲間や部下が悩んだり苦しんだりする様子を見て、何とかしたいと考え、2021年4月に「院内保健室」をスタートさせました。「もやもやしていたり、心配事があれば、いつでも相談してね」という私の思いを形にしたものです。学校や企業の保健室のように常設の部屋があるわけではなく、月に4回、半日だけ、空いている会議室などを借りて話を聞いています。
「保健室」構想は、私が2018年に産業カウンセラーと公認心理師の2つの資格を取得したときから温めていたものです。患者さんに寄り添う看護を提供するためには、看護師のメンタルヘルスケアの体制を整えることが必要と考えたからです。
一般企業には安全衛生委員会が設置され、社員の健康や安全を守るために、職場の管理者、衛生管理者、産業医を軸として活動しています。そして、多くの企業に保健室(健康管理室)が設置され、社員の健康を見守る仕組みができています。当院にも安全衛生委員会がありますが、専門のメンバーはおらず、保健室もなく、職員のメンタルヘルスのケアはできていませんでした。
コロナ禍によってこの構想が一気に実現できる状況になりました。私は安全衛生委員会のメンバーとして、この院内保健室の設置を提案し、委員会内で承認され、病院長の許可も得ることができました。私自身の立場の変化という偶然も重なりました。2018年までは病棟師長として病棟に勤務し、部下である看護師らとともに患者さんのケアを行っていましたが、現在は“遊軍”として、病棟でも外来でも療養指導を行うことになり、直属の部下がいなくなりました。時間の融通がきくとともに、職場でのしがらみがない分、どの看護師とも等距離で接することができるようになったのです。保健室の担当者としては、うってつけです。
保健室での私の仕事は、まず相談者の話をそのまま聞くことです。多くの場合、相談者は何かもやもやした悩みを抱え、働きにくさを感じています。その原因を本人はおよそ分かっているのですが、うまく言葉にできず、もやもやしてしまうのです。少しずつ話をうながすと、仕事がきちんとできずに先輩に申し訳ないと思っている、同僚の悪口を言ってしまった、子育てをしながらの夜勤はつらい……。こうしたもやもやとその原因を、本人が“言語化”することで、気付きを得て、自分のことを見つめ直すことができると考えています。本人も「気持ちがすっきりしました」と言って、保健室を出ていきます。月に4回だけの保健室ですが、設置してよかったと思う瞬間です。
保健室は、問題解決の場ではありません。私と話すことで自分自身のストレスに気付き、言語化して、もやもやを整理するきっかけの場です。メンタルヘルスのケアはセルフケアが重要だからです。「自分は元気」と思っている人でも、ストレスを抱えていることもあります。
例えば、患者さんに寄り添う看護を目指す人にとって、コロナ感染患者の看護時にPPEを着け、フィジカルディスタンスを取ることは、理想とする看護に反することがストレスになっています。本人が自覚しないまま、そうしたストレスが蓄積され、徒労感や悩みになっているのです。それに気づく方法の一つとして、スマホのアプリを活用して「毎週金曜日はストレスチェックの日」として、ゲーム感覚で自身の状態を知るように促しています。
一方で、コロナ禍によって明るい活動も生まれました。感染患者を受け入れ始めたころは、職場はその対応に追われ、不安を抱える通院患者さんもいました。それでも当院を受診してくれた方に、職員からのお礼のメッセージを掲示したところ、多くの患者さんから励ましの声が寄せられました。
こうした声に応えるための活動の一つとして、少し荒れていた病院の中庭をきれいにしようという提案が職員から上がり、園芸などが好きな仲間が、休憩時間などを利用して少しずつ整備していきました。今では季節の花が咲き、池には鯉が泳ぎ、病院に来る人にも職員にも癒しの場になっています。職場でもない、家庭でもない、「サードプレイス」として中庭は癒しや元気を与えてくれる場所になりました。
今後は、保健室だけでなく、例えば子育て中の看護師が集まって語り合う場、新人看護師がそれぞれの悩みを打ち明ける場などを作ることが出来たらと考えています。ピアカウンセリングのように、同じような立場や悩みを抱える人たちが集まって、同じ仲間として相談し合える場を作るなどして、メンタルヘルスケアの幅を広げたいと思っています。
こうした構想は時間がかかるでしょうし、私自身もいずれは異動することになるので、この思いをつなげたいと願っています。幸い、産業カウンセラーや公認心理師の資格を取るために、どうやって勉強したのかと聞いてくる若い看護師もおり、また他職種でも産業カウンセラーの資格を持つ人が興味を持っていて、後継者は必ず現われると思います。