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執筆
弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属
メディアスホールディングス(株)社外取締役
越後 純子
筑波大学医学専門学群卒業。同大学大学院医学研究科、桐蔭横浜大学法科大学院修了。2010年に弁護士登録し、同年より金沢大学附属病院で院内弁護士としての活動を開始。2015年より虎の門病院に勤務。2022年1月より渥美坂井法律事務所に所属。メディアスホールディングス㈱社外取締役。
2022年4月からパワーハラスメント防止法が全ての事業所に適用され、そろそろ1年が経過します。しかし、医療現場ではまだまだパワハラが横行しており、知らず知らずのうちに法に触れることにもなりかねません。今回は、法律の概要と注意点について解説します。
セクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」)と言ってしまうと日本ではあまり重く響かないかもしれません。しかし、2018年の世界銀行調査では、世界189の国と地域のうち、79か国でセクハラの加害者には刑事罰が科されており、刑事罰が無い場合であっても41の国と地域で損害賠償による民事救済が定められています。そのような視点からみると、刑事罰、民事救済のいずれも無い日本は世界の中で法整備が進んでいない部類に属することになります。※1
セクハラは、しばしばパワーハラスメント(以下「パワハラ」)との抱き合わせで起こりやすいことにも注意が必要です。日本でも、同性、異性を問わず、見ず知らずの他人の体に相手の意に反して必要以上に触れたり、性的関係を強要したりすれば立派な犯罪です。
しかし、これらの犯罪が成立するためには、相手の意に反しているという要件が不可欠であるため、実際、刑事事件として立件された場合には、同意の有無が争われることが少なからずあります。さらには、そもそも性的な嫌がらせを受けているということ自体を言い出せない背景事情、すなわち権威勾配が存在する場合もあります。上司部下のみならず、就活生に対するセクハラが社会問題化したことは記憶に新しいです。
他方、日本における企業に対する法規制は、前述のように加害者に対するペナルティではなく、事業主の雇用管理上の配慮義務として課されています。その背景事情として、日本が1980年に署名、1985年に批准した国際連合の「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に対応する形で男女雇用機会均等法が制定され、その中にセクハラの防止も定められ、その後2007年の改正でほぼ現在の形になりました。
セクハラの防止措置は、男女雇用機会均等法で定められた「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」という形になっています。これによると、セクハラは、対価型と環境型に分かれており、「対価型セクシュアルハラスメントとは、職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けること」とされ、「環境型セクシュアルハラスメントとは、職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」とされています。
事業主が行うべき対策の項目としては、⑴ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、⑵ 相談(苦情を含む。以下同じ。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、⑶ 職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応で、併せて講ずべき措置として、プライバシーの配慮と、相談、紛争解決手段を講ずることに対する不利益取扱いの禁止が定められ、パワハラと共通しています。※2
顧客や他社の労働者等からの被害に関する規律は、セクハラの防止措置においては、パワハラとは一線を画し、事業主の「配慮義務」としての対応が求められ、厳しくなっています。特に医療現場においては、行為者の例として、患者またはその家族も明示されている点に注意が必要です。事業主が行うべき防止のための取組みとしては、マニュアルの作成や研修の実施が効果的とされていますが、業種・業態における被害の特性等を踏まえて、それぞれの状況に応じた必要な取組みを進めることも言及されています。
セクハラと他のハラスメントの決定的な違いとして、他のハラスメントは、行為自体がハラスメントに該当するかが一般人を基準に客観的に判断されるのに対して、セクハラは被害者がどのように感じたかという主観が重視されます。また、行為がハラスメントに該当するかは、職務上の注意指導が精神的なパワハラと訴えられる場合、裁判でも地裁と高裁で結論が分かれる等、判断が難しいものがありますが、対価型のセクハラの場合、外形的な行為は誰が見てもハラスメントか否かの判断は容易である場合が多いです。だからこそ、被害者の主観が重要になってきます。あからさまに相手が断らない場合であっても、受け入れているということではなく、拒否できないという権威勾配が存在していることも重要な判断要素になってきます。
以前は、内々に済まされていたことであっても、近年の社会情勢の変化により、ひとたび事がオープンになればセクハラと認定され、加害者も今まで築き上げてきた社会的地位を失うことが少なくありません。そのためには、セクハラを疑われるような外形的状況を作り出さないことも重要です。被害者も、セクハラと認められたとしても、風評に晒され、元の状態に戻れる訳ではないので、誰も勝者はおらず、虚しさだけが残ります。そうならないために、防止するための環境整備が求められていますので、そのようなトレンドから取り残されないことが重要です。
参考文献
※1 “Women, Business and the Law 2018”(wbl.worldbank.org)
※2 「職場におけるハラスメント関係指針」、「(事業主向け)職場におけるセクシュアルハラスメント対策に取り組みましょう‼」(mhlw.go.jp)