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イーク表参道 副院長
高尾 美穂
医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。東京慈恵会医科大学大学院修了。女性の健康をサポートし、その幸せな人生と前向きな選択を後押しすることがライフワーク。内科・婦人科・乳腺を専門に外来診療を行うほか、SNSによる情報発信、一般の女性・運動指導者・医療関係者に向け、さまざまな講座を開催するなど社会的活動にも精力的に取り組んでいる。
予防医学や健康マネジメントの観点からSNSや講演活動を通して女性の健康・医療情報を発信し続ける産婦人科医の高尾美穂先生は20~50代の女性たちに絶大な信頼と支持を得ています。その社会的活動のポイントを伺い、日常診療における患者さんとのかかわりを含め、健康マネジメントに役立つヒントを探ります。
私が外来診療だけでなく、一般の女性に対する健康マネジメント的な活動を熱心に行うようになった背景には、ある個人的な体験があります。医師になって間もない頃、加入していたソフトボールの社会人チームのチームメイトから「出血があるから診てほしい」と頼まれました。気軽に引き受けて診察したところ、かなり進行した子宮頸がんが見つかりました。それから3年ほど、いろいろな治療を行ったけれど、彼女は6歳の娘さんを残して亡くなってしまったのです。「もっと早く相談を受けていれば助けられたかもしれない」と後悔しました。その当時は子宮頸がんワクチンで予防する方法はほとんど知られていない時代でしたが、産婦人科医として何かできることがあったのではないかという思いが強く残りました。
20~50代は、人生において女性が最も輝くときです。しかし、この年代は生理痛やPMS(月経前症候群)など女性ホルモンに関連する症状に日常的に悩まされるほか、妊娠や出産、子育てといったライフイベントにおいて苦しむこともあります。また、乳がんや子宮がんの罹患率も高まり、男性よりもはるかに命を脅かされるリスクを抱えています。こうした落とし穴に直面してから重い腰を上げる女性たちの医療行動を変えられないかということをずっと考えてきました。各年代でやってくる落とし穴をあらかじめ知り、その落とし穴を“生活習慣の改善”や“疾病予防(検診)”といった方法を使って自分で埋め、平坦な道にした上をはつらつと走っていってほしい、そのサポート(健康マネジメント)がしたいと思ったとき、外来で女性たちを待っていては遅すぎると感じたのです。
そもそも一般の人、特に現役世代の人たちが医療機関を受診するのは自分自身の働き方や医療行動を振り返ってみてもとてもハードルが高いと感じています。現役世代の人になかなか医療機関に来てもらえないのなら、自分が院外に出ていくしかない。それが一般の女性に対する講演活動やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)による情報発信につながっています。
私は、講演を行うにあたって自分が話したい内容が相手にきちんと伝わっているかどうかということを特に意識しています。なぜなら、講演活動を通して目指しているのは、女性たちの行動変容だからです。友人とのおしゃべりの中で“高尾先生の講演会に出かけて子宮頸がんの検診が大事だということを知ったから、この間受けてきた”といった話ができるくらいのモチベーションを持ってほしいといつも願っています。そのためには、私の話を単に聞いてもらうだけでなく、相手に理解してもらうことが何よりも大事なのです。
これは日頃の診療活動のマネジメントにおいてもいえることだと思います。患者さんが自分の病気や病状、自分に対して行われている医療について理解していなければ、治療法を選ぶ際にも主体的に選択することはできないでしょう。“自分が選んだ”という納得感がなければ、前向きにかつ継続的に治療に取り組めませんし、トラブルが何か起こったときも自分なりに責任を持つことができません。
一方で、医療者は患者さんに説明する際、“相手に理解してもらうために話をしている”という意識を持つことが重要となります。これまで医療者にはそのような努力をすることが求められてきませんでしたが、患者さんとの信頼関係を築くうえでも、また満足度を高めるうえでも、患者さんに主体的にかかわってもらうことが欠かせないように思います。私たち医療者は、日常診療において主体性の基盤となる患者さんの理解度に注目し、“自分が話した内容が相手にきちんと伝わっているかどうか”ということにも配慮していきたいものです。それは、患者さんに対する健康マネジメントの第一歩であるといえるでしょう。
私はSNSを通して、不特定多数の人への情報発信も積極的に行っています。日頃から雨のように健康・医療情報を降らせておけば、その情報を必要としている誰かが受け取れて役に立つこともあると考えているからです。また、重大な病気が見つかったとしても、これからできることがあることを伝え、少しでも前向きな気持ちで向き合ってほしいとの思いもあります。
健康・医療情報に限らず、どのような重要な情報であっても受け取る側に関心がなければ何一つ響かないことも実感しており、“我が事”として関心を持ってくれる人に伝えることの意義の大きさも感じています。その点、急性期医療の現場では “九死に一生を得る”ようなショッキングな体験をした患者さんが少なくないため、医療者のアドバイスを“我が事”として受け止め、自分の生活習慣や行動を変えてくれる可能性が高いように思います。そして、その可能性を引き出すのは、命が助かり回復に向かっている患者さんに声かけする医療者の一つひとつの言葉であり、急性期医療に従事する医療者が患者さんの退院後の生活や人生に及ぼす影響はとても大きいと考えます。
また、こうした働きかけにより医療者や医療機関に対する患者さんの印象は変わり、その信頼を獲得することにもつながっていきます。急性期病院にとって最先端の医療機器や医療設備を揃えていることは重要なことですが、患者さんとの信頼関係のうえに成り立っている医療において、組織の財産となるのはやはり“人”でしょう。患者さんに信頼されるスタッフがいることこそが組織にとってのかけがえのない価値であると思います。
近年、女性のライフステージにおけるさまざまな健康的課題をテクノロジーの力を使って解決しようとする「フェムテック(Femtech=Female+Technology)」と呼ばれる動きが活発化しており、この分野は2025年までに5兆円規模の市場になるとの予測もあります。フェムテック商品として生理予測日や排卵予定日を知らせてくれるアプリをはじめ、吸水性生理ショーツ、医師や助産師によるオンラインサポート、卵巣予備能を推測する検査キット、骨盤底筋のトレーニングアイテムなど女性の健康と快適な暮らしを意識したさまざまな製品やサービスが開発・販売されています。
テクノロジーが進化すること自体は大変ありがたいことで、その力を運用していくことが大前提となりますが、その際に私たち人間がテクノロジーに操られないようにすることが大切です。フェムテックの活用においても、利用者が自分の生活をよりよくするために役立ち、快適に使えるのはもちろんのこと、経済的にもリーズナブルで、その製品やサービスを継続して利用できることがとても重要だと考えています。
テクノロジーはさらに発展し、今後は医療者の役割と働き方にも大きな影響をもたらすでしょう。例えば、医師の主要な仕事である診断においては、さまざまな研究グループがAI(人工知能)を用いた画像診断システムなどを開発しています。また、AIを活用した子宮筋腫の手術に成功した研究グループも出てきています。AIが日常的に診断や手術をする日もそう遠くない未来にやってくると思われます。このようにAIに取って代わられる部分が少なくない中、医師(人間)にしかできないのは「患者さんの感情をキャッチする力」ではないでしょうか。
日常の外来診療を行っていると、医師の専門的スキルが必要とされる場面は2割くらいのように感じます。残りの8割の場面ではジェネラリストとしての対応を求められており、その中には適切な診療科(専門医)につなぐゲートキーパーの役割も含まれます。AIとの共存を図る中で、スペシャリストの集団である急性期病院には総合力を持つジェネラリストをどう育成し、どのように活用していくかということも問われてくるように思います。
この先のテクノロジー時代において、医師をはじめ医療者が生き残っていくためにはAIが担えない部分について常に考えていかなくてはなりません。それは図らずも医療者本来の役割を見つめ直し、自分たちの新しい価値を見出すことにもつながっていくでしょう。