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わが国の災害医療は、自然災害を経験するたびに体制が整えられ、事業継続計画(BCP)を策定する医療機関も少しずつ増えてきている。今後は、災害後の支援者や支援物資をうまく受け入れ、医療を継続する“受援”計画も整備することが求められている。
わが国で災害医療への取り組みが本格的に始まったのは、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災以降である。この震災では6,400人以上が死亡。しかしながら、医療機関に災害対応の仕組みができていれば、数百名は救命できたと推察されている。
災害発生後に確認された阪神・淡路大震災当時の医療機関に関わる主な問題点は、ライフラインの途絶、医療機関の建物・設備の損壊、被災者の集中、周辺医療機関との情報共有不足からの不十分な急性期医療、被災地外への患者搬送手法の未整備等があり、さらに被災地外から被災地を直接的にも間接的にも支援する方法がなかったことも挙げられる。
これらの教訓から、阪神・淡路大震災後の1996年以降、災害拠点病院が整備され、災害派遣医療チーム(DMAT)が誕生。被災地では医療救護所に患者を集め、トリアージした後に災害拠点病院に搬送して治療を行う、大災害の場合はヘリコプターで被災地外に広域搬送するなどの仕組みが整えられてきた。
その後、2011年3月に発生した東日本大震災では、この医療救護所と災害拠点病院という体制が試された。当時、被災地に医療救護所が設けられたものの、被災した患者の多くは点滴台も薬棚もない医療救護所ではなく、医療機関に集まったといわれる。実際、発災後の急性期には医療救護所に医療者や医療機器、医薬品を集めることは難しく、被害がなく医療設備が揃っている医療機関の方が診療しやすかったようだ。一方、津波の被害によりいくつかの災害拠点病院では医療活動が行えないという事態が発生した。
当時、災害拠点病院以外の病院は、もともとの入院患者や、新たに受診する患者など多くの患者に対応していた。ところが、東日本大震災発災以前に設計した災害時の医療計画には災害拠点病院以外の医療機関が入っていなかったという理由で、行政からの支援物資が届かないという問題も明らかになった。
こうした経験が、災害直後の混乱期における自立的活動から秩序のある組織的活動へ徐々に移行するフェーズを踏まえた災害医療計画が必要であること、医療需要が激増する急性期は医療資源が激減するために総力戦で対応すること、想定外の事態に対応できる意思決定部署が必要であることを学び、それが東日本大震災以降の医療機関の事業継続計画(BCP)策定の動きへとつながっていく。
BCPは、1970年代に米国や英国の企業で、非常時に事業を継続するための一つの手法として関心が高まり、2001年9月に米国で発生した同時多発テロを機に、世界的に多くの企業が事業継続の重要性について真剣に考えるようになった。わが国では、この考え方がなかなか企業に浸透せず、東日本大震災以前にBCPを策定した企業はわずか7.8%であった。しかし震災以降は、BCPの策定や策定済みBCPの改善や見直しをする企業が約3倍に増加したといわれる。
一方、医療機関のBCPについては、例えば東京都福祉保健局が「大規模地震災害発生時における医療機関の事業継続計画(BCP)ガイドライン」を2012年に公表し、医療機関のBCPの概念を図示するなど、行政がBCP策定の支援を開始(図1)。しかしこうした動きへの追従は一部にとどまり、2013年8月に内閣府が発表した「特定分野における事業継続に関する実態調査」では、医療機関のBCPは「策定済み」が7.1%、「策定中」が10.3%と他業種より低いことが明らかになった。
こうした中、2016年4月に震度7を2回観測する熊本地震が発生。前震、本震とも夜間に発生したため、医療機関では職員を緊急に呼び出す必要に追われ、また、ライフラインや医療機関の建物が損壊したため、継続的な医療の提供が困難となり、患者を受け入れるどころか入院患者を他の医療機関に転院させる「病院避難」という事態が多発したことは記憶に新しい。
こうしたことから2017年、厚生労働省は「災害拠点病院指定要件の一部改正について」の通知の中で、災害拠点病院の指定要件としてBCPの策定を追加した。その内容は、被災後、早期に診療機能を回復できるよう業務継続計画の整備を行っていること、整備された業務継続計画に基づき、被災した状況を想定した研修及び訓練を実施すること、地域の第二次救急医療機関及び地域医師会、日本赤十字社等の医療関係団体とともに定期的な訓練を実施すること、また、災害時に地域の医療機関への支援を行うための体制を整えていることとなっている。
加えて、多くの医療機関にはBCPの整備のために必要なスキルやノウハウがないことや、BCPの内容に関する情報が不足していることを踏まえ、災害拠点病院のBCP策定者を対象に、BCP策定体制の構築、現況の把握と被害の想定、業務継続のための優先業務の整理、行動計画の文書化などについて研修事業を開始した。
熊本地震では、県内2,500余りの医療機関のうち約1,300施設で建物や医療機器に被害が発生した。災害対策マニュアルを整備し、傷病者を多数受け入れる訓練をしていたにもかかわらず病院避難せざるを得ない医療機関があった。これは各医療機関の災害対策マニュアルが、自院の建物や設備が損壊しないことを前提としていたためである。そこで重要視されるようになったのが、災害直後には医療資源が限られることを想定し、あらかじめ優先すべき業務を整理し、どの業務をいつまでに実施するかという視点に基づくBCPである。
また、熊本地震発生当時は、DMATなどの支援者の受け入れ準備を想定している医療機関もほとんどなかった。東北大学災害科学国際研究所准教授の佐々木宏之氏は「災害時に医療機関が事業を継続するためには、不足するヒトやモノなどの支援をうまく受け入れる『受援』という考え方が必要だ」と強調する(図2)。災害が発生すると、全国から迅速に支援チームが派遣され、支援物資が送られてくる。しかし、医療機関を含めた受け入れ側の被災地組織は目の前の対応に追われ、大挙する支援の波を十分に活かし切れないという。
受援には、まず派遣される支援チームのための会議スペースや、支援物資を保管し、整理するための倉庫スペースの確保が必要になる。使用可能な医療機器・材料、医薬品の提供に際し、支援される側が不足している医療資源をタイムリーに把握し、今後どのような医療資源が必要になるかを検討、これらを整理して情報発信し、適切な支援を受けなければならない。
佐々木氏は「医療機関のBCPには3つの要素が必須。それは『業務の優先順位』を明らかにすること、被災しても必要不可欠な機能を継続するための『代替手段の確保』、災害時にも機能を保つための『医療資源の管理』だ」と話す。近年は、台風や洪水などの自然災害が地域の医療機能を麻痺させる事態が毎年のように起きている。災害時に医療機関が社会基盤として機能するためには、医療機関自身に受援という考え方を定着させること、そして果たす役割を明確にしたBCPを策定し、日々内容を整備しながらその実効性を高めていくことが重要になる。