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昭和大学 医学部 内科学講座
臨床感染症学部門 客員教授
二木芳人
1976年川崎医科大学卒業。2006年に倉敷第一病院呼吸器センターの副センター長、同年11月から昭和大学医学部臨床感染症学講座の教授等を務め、2020年4月より現職。日本感染症学会、日本呼吸器学会、日本化学療法学会など様々な学会の要職を歴任。
COVID-19の拡大は、5月に入りようやく小康状態となった。
昭和大学医学部客員教授の二木芳人氏は「ここまでは医療現場の死に物狂いの対応と
国民の協力によって何とか乗り切った。
秋から来春にかけてはもっと大きな波が来ると想像し、覚悟と準備をすべき」と警鐘を鳴らす。
※本取材は2020年6月に行われました
COVID-19の感染者の発生数が減り始め、ようやく小康状態となりました。先進諸国と比べてわが国の死亡者数が少なかったのは、ひとえに医療現場の死に物狂いの対応、クラスター対策班の活躍、そして外出自粛など国民の協力によるものです。PCR検査では「ボトルネック」と批判された保健所も、多数の濃厚接触者の健康観察を継続するなど感染の蔓延防止の最前線に立っていました。しかしCOVID-19の抑え込みに成功したわけではなく、現場の努力や国民の協力のおかげで、感染爆発を何とか凌げたに過ぎず、このことを忘れてはなりません。
他にもわが国の死亡者数が少なかった要因のとして考えられるのが、ICUでの処置です。例えば米国では、人工呼吸器を装着してICUに入室した患者さんの9割が死亡しています。一方、わが国では8割が生還するとICUの専門医は胸を張ります。米国と日本とでは医療保険制度が異なるため一概に比較はできませんが、米国では9割が死亡するというデータを踏まえ、保険の範囲で治療を行うのに対し、日本の医師らは全ての患者さんに最善を尽くすのはもちろん、これまで死亡するとされていた残る2割の患者さんをどう助けるかにさらに力を注ぎます。今回のCOVID-19の患者さんに対しても、同様の努力が行なわれたはずです。
一方、行政の対応は後手に回り続けました。昨年11月頃から中国・武漢で原因不明のウイルス性肺炎の発症が増えているとの情報が入り、今年1月半ばにはわが国で最初のCOVID-19の感染者が確認されました。本来なら、この時点で国が中心となって警戒態勢を敷き、感染症病床の整備、人員の配置、PPE(個人用防護具:Personal Protective Equipment)や人工呼吸器の確保など、最悪の事態を想定して方針を示し、それにそって各自治体が準備をすべきでした。しかし、国が専門家会議を開いたのは約1カ月後の2月半ばで、事ここに至ってようやくPCR検査体制の強化などの緊急対策を打ち出しました。
それでも感染者の入院病床不足は続き、日本医師会では4月1日に「医療危機的状況宣言」を発表、国民に対して自身の健康管理、感染を広げない対策、適切な受診行動を要請しました。同時に政府に対して、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を出すよう改めて求め、政府は1週間後の4月8日にようやく緊急事態宣言を発令したのです。
近隣国の対応を見ると、台湾は迅速な水際作戦が功を奏し、死者は数人にとどまっています。韓国もPCR検査を迅速に準備し徹底したほか、スマートフォンのアプリを活用した徹底的な追跡などで感染を抑え込みました。台湾は2003年にSARSの、韓国は2015年にMERSの流行を経験しており、そのときの教訓を生かしたのです。
わが国でも、2009年〜2010年にかけてA(H1N1)pdm09によって引き起こされたインフルエンザのパンデミックの経験から、2011年9月に政府の「新型インフルエンザ対策行動計画」が改定され、2013年4月には「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が施行されました。これとは別に、例えば東京都では「東京都新型インフルエンザ等対策行動計画」を2008年に策定しています。これは新型インフルエンザに発生に対応すべく、都を10ブロックに分け、ブロックごとに、保健所、区市町村、感染症指定医療機関、感染症診療協力医療機関、医師会、薬剤師会、歯科医師会などで構成する協議会を設置し、ブロック別の地域医療確保計画の策定、新型インフルエンザ対策についての啓発、新型インフルエンザ発生時の対応訓練などを実施しました。幸い、この時はパンデミックを起こしたインフルエンザウイルスの毒力が比較的低かったため、2,000万人を超える感染者が出たにもかかわらず死亡した方は200人余りと、わが国での被害は極めて軽く抑えられました。
ところが、今回のCOVID-19ではその協議会が機能しませんでした。新型インフルエンザのパンデミックから数年間の間に協議会のメンバーの入れ替えが繰り返され、協議会の意義や目的などについての引き継ぎが曖昧になったからだと推測しています。こうした11年前の教訓が生かされなかったため、PCR検査体制だけでなく、感染症病床の確保も遅れ、特に東京では3月末〜4月後半に病床の不足から医療崩壊寸前となりました。COVID-19の不意打ちを食らった医療現場は、丸腰で闘わざるを得なかったのです。
現在治療薬やワクチンの開発が進んでいますが、臨床的にCOVID-19に効果が認められる、安全で安価な新規薬剤が登場するまでには数年の時間がかかると考えています。かといって、今回の日本の対応のように、その場凌ぎ、医療者の奮闘だけで、いつまでも乗り切ることはできません。長い闘いになるからです。
この秋から来春までに、第2波が襲いかかってくる可能性を考慮すると、第1波より数倍大きな波になることを前提に、想像力を発揮して準備しなくてはなりません。PCR検査を迅速かつ大量に行える体制を拡充することはもちろん、COVID-19に特化する専門病院を設置する一方で、COVID-19は診ずに、がんや循環器、消化器などの疾患への対応する病院を決めておくなど、事前に医療機関の役割分担をしておくべきです。また外来の診療体制を整えておくことも重要です。万が一、インフルエンザの流行期と第2あるいは第3波が重複すると、外来診療の混乱は想像を絶するものになりかねません。
これらの対応は地方自治体が軸になるでしょう。とはいっても一つの行政区でできることではないことは、今回の感染蔓延で明らかになっています。市区町村を超え、場合によっては県域を超える体制が必要になります。そして国はその体制整備に予算を注ぎ込むことが求められます。
COVID-19の原因ウイルスは、同じコロナウイルスのSARSウイルスと違って、密かにヒトの体に入り、無症状のまま長い時間潜伏し、感染を広げています。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やヒトパピローマウイルス(HPV)と同様に、厄介なウイルスだと感じています。「with コロナ」というキャッチフレーズを見かけますが、決してウイルスとの共存を許してはなりません。医療者も研究者も国民も行政もすべて「versusコロナ」「against コロナ」の気持ちを忘れず、終息するまで闘い続ける必要があるのです。