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がん、あるいはがん治療によって、脱毛、肌の変色、爪の変形、皮疹などの外見に変化が起こることがある。直接、命にかかわるものではないが、医療従事者が考える以上に、患者が受けるダメージは大きい。
こうした患者に向き合い、対処法をアドバイスしたり、心理的・身体的なケアを行うのが「アピアランスケア(外見のケア)」だ。単に外見をカバーする、美しくするというのではなく、その人らしく生きることをサポートし、患者と社会と繫ごうというもの。仕事をしながら通院し、がん治療を継続する人が増えたことなどもあって、今大きな関心が集まっている。
がん治療はめざましい進歩を遂げているが、一方で、手術による傷あと、抗がん剤による脱毛、肌の変化、放射線療法による皮膚炎、色素の沈着など様々な外見の変化をもたらすことがある。治療のためとはいえ、患者にはつらいことだ。
しかしごく最近まで、そうした思いが声高に語られることはほとんどなかった。患者自身が「がんを克服するため治療に専念しなければいけないとき、外見の不安を口にするのは不適切」と自制することが多かったためと思われる。また医療者側も、がん治療を優先し、外見の変化にあまり注意を向けてこなかったという事情もある。
実態を探るため、国立がん研究センター中央病院では、以前に抗がん剤治療を受けている通院患者638人(男性264人、女性374人、平均59.5歳)に、身体症状の苦痛度について聞いた。その結果、吐き気や痛み、しびれなどとともに外見に関する症状が多く含まれていた。とくに乳がんの患者では、吐き気や全身の痛みなどよりも、脱毛や乳房の切除のほうが、苦痛の上位を占めていた(表)。また、「外見が気になって外出できない」という訴えも多く聞かれた。この調査からも、治療に伴う外見の変化が、患者にいかに大きな苦痛、負担を強いているかが伺われる。
外見の変化がもたらす苦痛は、痛み、吐き気・嘔吐、口内炎など身体症状と決定的に異なる。他人との関係、広くいえば社会の中で生ずる相対的なものだからだ。
我々は、意識するしないにかかわらず、人の印象をまず見た目で判断してしまう。その裏返しで、外から見える自分が気になるのは当然のことだろう。
国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター長の野澤桂子氏は、ある寄稿で次のように書いている。
「例えば、無人島に一人でいたら、多くの方はひげも剃らないし。化粧もしないと思います。それと同じように無人島では、がん治療によって外見がどのように変化したとしても、多くの患者はこれほどまでに悩まないでしょう。頭痛や腹痛のように、どこにいても、一人でも苦しい身体的苦痛と異なり、外見の変化による苦痛は、他者の存在に大きく依存する心理的・社会的苦痛なのです。そこが問題の奥深いところです」(「がん治療に伴う外見の変化をどうケアし、支援するか」週刊医学界新聞2013年10月21日号)。
では、心理的・社会的苦痛とは具体的にどのようなものか。もう少し踏み込んでみよう。たとえば1つに、自分らしさを失う痛みがある。髪や眉毛、まつ毛などの脱毛によって、それまでの自分のイメージが変わり、「自分らしくない」と違和感を抱くようになる。もう1つは、他人との関係が変化することへの不安だ。外見が変わったことで、同情されたり、憐れまれたりして、それまでの対等な関係が結べなくなるのではないかと悩む。そしてそれが心の重荷となり、苦しみが増す。
脱毛した患者がウィッグ(かつら)をつけるのは、もちろん自己イメージの回復もあるが、それ以上に、がんであることが周囲にわかり、対等な人間関係が失われるのを避けたいという強い思いがあるからと思われる。
前述したように、外見の変化による苦痛は、他者の存在を前提とした心理的・社会的苦痛だ。医学的な処置だけでは対応が難しい。そこで、こうした患者をサポートし、その人らしい生き方を取り戻してもらおうというのが「アピアランスケア」だ。
ちなみに、アピアランスケアという言葉は、国立がん研究センター中央病院内の外見関連患者チーム(2005~2012年)によって新しく作られた造語で、2012年から、広く院外に向けて用いられるようになったという。
繰り返しになるが、アピアランスケアの目的は、外見の変化によって起こる苦痛を軽減し、他人や社会と普通につながり、その人らしく過ごせるよう支援すること。そのためには、ウィッグなどで変化した部分をカモフラージュする美容的なスキルも大切だ。しかし、それはあくまで手段にすぎない。どんなに外見を美しく整えても、患者自身が自己イメージの喪失感に悩み、周囲の人と以前のような対等な関係が築けず、自分らしい人生を送れないのでは意味をなさないからだ。逆に、外見が変わっても、とくに気にならず、今まで通りに過ごせるのなら、アピアランスケアの必要はない。
アピアランスケアが注目されるようになったのはここ数年のことだが、ニーズは着実に高まっている。その背景として、がんの生存率が大きく改善し、治療を受けながら生活する人や職場復帰する人が増えてきたことが挙げられる。また、長期生存が可能になり、それまでの「どれだけ生きられるか」から「どう生きるか」へと、患者の意識が大きく変わってきたことも、理由の1つと考えられる。
ところで、外見のケアでは、化粧やウィッグなど美容的な支援が大きな要素を占める。それなら、化粧品や美容の専門家に任せておけばと短絡しがちだが、アピアランスケアは、単に患者を美しくしたり、失われたものをカバーするだけをいうのではない。あくまでも目的は「その人らしく生きる」、「快適に生活する」ことをサポートすることだ。そこに、医師、看護師、薬剤師など医療関係者が関わる意義がある。
医療関係者は、病気や患者の心理に対する理解のもとに、脱毛、皮疹、爪の変形などさまざまな症状についての情報を、公平な見地から提供できる。むろん、ケースによっては、美容の専門家や企業との連携が必要だ。それら個々の具体的対策をまとめ、社会との関係までを考慮した幅広い視点から、支援全体をコーディネートする。アピアランスケアにおいて医療関係者に求められるのはそうした役割である。
一方、企業サイドとして介護福祉用品のレンタルや販売を行なっているベネッセレでは、「ブレストフォーム」商品を扱い、乳がんで摘出手術を受けた患者さん向けに胸元をカバーするパッド(直接肌につけるタイプとブラジャーに入れて使うタイプ)を提供している。(下記画像参照)パッドは見た目だけでなく、両胸のバランスをとり正しい姿勢を保つことにも繋がっている。服を着たとき、手術前と同じような胸のシルエットが戻ることで自信を取り戻される方も少なくないという。ベネッセレでは、乳がん患者さんからの問い合わせにも対応しているという。
苦痛を訴える患者に対し、アピアランスケアを実践するに当たっては、次のような点がポイントになるという。
根拠に基づくこと
外見に関する情報には、エビデンスのないものが多くある。治療行為はもちろんのこと、美容に関する支援でも、特別な方法を勧める場合は、必ずエビデンスの有無をチェックする。
シンプルな方法を基本に
複数の選択肢があるときは、できるだけ多くの患者に実施できる方法を選択し、紹介する。
“ beauty”ではなく“survive”するための方法を選択する
アピアランスケアでは患者が「その人らしく過ごせるようにする」ことが唯一の基準だ。たとえそれが美容的な方法でも、美しくなるか否かは問題ではない。実行可能で、その人らしい方法をアドバイスする。
なお、国立がん研究センター中央病院では、実践のための指針として「がん患者に対するアピアランスケアの手引き」(研究代表・野澤桂子)を発行している。
医師、看護師、薬剤師など医療者を対象に、アピアランスケアに必要な情報をエビデンスに基づいてまとめたものだ。この手引きを参考に、アピアランスケアへの取組みが、全国に広く普及していくことが期待される。